人と土の関係性 ― 身土不二
人は、土から離れて生きることはできるのか?
私たちが口にする米や野菜、果物も、その生命の根には土がある。植物は土から養分を受け取り、私たちはその植物を食べ、その生命を身体に取り込んで生きている。
そして、食べたものは身体となり、やがて排泄され、最後には死を迎える。身体は再び自然へと還り、微生物によって分解され、土へと戻っていく。
土から生まれ、土に支えられ、土へ還る。
人間は土の外にいる存在ではなく、土の循環の中に存在していると思う。
「身土不二」という言葉には、まさにこの関係性が表れていると思う。
身と土は二つではない。
身体は、その人が生きる土地の水、空気、食べ物、季節、微生物、そして文化の影響を受けながらつくられていく。だから身体を考えることは、その身体が生きている環境を考えることでもある。
土もまた、人の営みによって変化する。
人が土を耕し、植物を育て、落ち葉などを土に還せば、土は豊かになる。
反対に、土から必要なものだけを取り続け、何も還さなければ、土は次第に疲弊していく。
これは人間の身体にも似ているのではないかと思う。
身体も、使うだけでは疲れてしまう。
食べ、動き、働き、そして休み、眠り、排泄する。
その循環によって身体は保たれている。
土にも休む時間があり、身体にも休む時間がある。
土を育てることと身体を育てることは、どこか似ている。
だから「健康」とは、身体だけを切り離して考えるものではないのかもしれない。
どこからが「健康」で。
どこまでが「身体」で。
どこから、どこまでが「自分」なのか。
どのような土で育ったものを食べるのか。
どのような水を飲むのか。
どのような空気を吸うのか。
どのような季節の中で暮らすのか。
そして、自分が生きたあとに、何を土へ返していくのか。
そこまで含めて、人間の健康と身体と自分を考える。
土に触れると、自分が自然から切り離された存在ではないことに気づく。
手のひらで土を触り、その温度や湿り気、匂いを感じる。
芽が出れば喜び、枯れればその理由を考える。
そこには育てるというより、聴き取るという姿勢が生まれる。
土の声を聴き、植物の状態を感じ、人の身体の変化を感じる。
それは、生命を「操作する」のではなく、生命との関係を繋ぐこと。
人と土。
身体と環境。
生と死。
食べることと還すこと。
これらは別々のものではないと思う。
すべては一つの循環の中にあり。。。
身土不二とは、単に「身近な土地のものを食べる」という食養生の言葉だけではなく、人間と自然を切り離さず、自分自身もまた大きな生命の循環の一部であると気づく考え方だと思います。
土を大切にすることは、そこに生きる人間を大切にすること。
そして、自分の身体を大切にすることは、自分を育んでいる土や環境を大切にすることでもあると思います。
人は土を耕す。
しかし同時に、土によって人もまた耕されていると思うところです。
謙虚 感謝 敬意
